線香の匂
幸吉は眞面目くさつた顏をして、二本の線香に長火鉢から火をつけると、ほそぼそと白くたち騰る烟を香立にたてゝ、羽織の裾を捌いて几帳面に畏り、佛壇を見上げながら靜に合掌した。
『南無阿彌陀佛、南無阿彌陀佛......』
正兵衞とお園とは、後から顏を見合して、彼のものものしさをほゝゑんで見てゐた。
彼は暫く瞑目し、それからまた目を上げて、大小の位牌の納めてある扉の中に眺め入つた。新しい位牌には、彼にもよく覺のある、こゝの先代の戒名が書かれてあつた。下り藤の定紋をつけた左右の花立の草花の間を、線香の匂がほのぼのと分けていつた。彼は合掌した手を疊について、ぽつくりと恭しくお時儀をしてから座に戻つて來た。彼の顏はその赤さにも曇らず晴々として、相變らず嬉しさうであつた。
『時になえお園さ、おれはこつちのおんつあの事を思ひ出しつちまつて、その話がしたいんだげつとも、いゝがえ?』
『何だか知らないけれど、いゝの位あツりやせんともえ。』
